忘らるる都。エアリスが命を落とし、皆で見送った小さな泉。セフィロスとの戦いが終わったことを報告するために、ユフィはクラウドたちと一緒にこの場所を再訪した。

 一同はただ黙って泉のほとりに立っていた。声には出さなかったが、それぞれの言葉でエアリスに語りかけていた。


「じゃあな」

 それはヴィンセントの低い声だった。ユフィが振り返った時には、ヴィンセントはすでに背中の赤いマントを見せていた。なんだこの人は。そんな一言だけで解散する気なの?

「待て! 待て────!」

 慌てて追いかける。

「こんな別れ方ってあり? みんな一緒に戦った仲間じゃない」

 ユフィの抗議にもヴィンセントは立ち止まらない。駆け出し、追い抜いて回り込み、顔を見た。目が遠くの一点を見つめているようだった。何を考え、何を思っているのかはわからないが、その思いの強さだけはわかる。自分にはこの人を止められないとユフィは一瞬でさとった。

「元気でな」

 となりを通りすぎる時、ヴィンセントが言った。意外な言葉にたじろいだが、ユフィは初めてヴィンセントの心に触れたような気がしてうれしくなり、それで気が済んでしまった。

 クラウド、ティファ、バレット、シド、レッド〓が二人の様子を見ていた。

「どこか、行くところがあるみたい」

 ユフィは仲間たちのところへ戻って報告した。

「女のところだろ。おれ様もそろそろ行くかな」とシド。

「おう。そうだな。おれもだ」とバレット。

 みんな、会いたい人がいるんだ、とユフィは思う。その気持ちを認めながらも言わずにはいられなかった。

「なんかさー、みんな、あっさりしてるよね」

「その気になりゃあ、いつでも会えるだろうが」

 シドが歩き出しながら言った。クラウドとティファもうなずいている。レッド〓も同意している。レッドったら無理しちゃって、とユフィは思う。

「そだね」

 ユフィも心にひっかかりを感じながら結局受け入れてしまった。

「行こう」

 クラウドとティファが歩き出す。ああ、この場所を出たら、本当にお別れなんだとユフィは思った。それなら、それでもいい。思い切りお別れを楽しもう。

「ああそうだ!」

 バレットが突然大声をあげる。もう、お別れ気分が台無しじゃない。おっさんはこれだからイヤ。見ると、バレットが自分の義手からマテリアを外してクラウドに差し出している。

「これ、どうする?」

「ちょっと待った!」

 大事なことを忘れていたのに気づいたユフィは、思わず大きな声をあげてしまう。自分の旅の目的を忘れるところだった。

「マテリア全部、いや、半分でいいからくれない? ウータイへ持って帰って大事に保管するからさ。そりゃ、ちょっとは使うけど」

 仲間たちの視線が集まる。注目されるのは好きだが、やはり少しは後ろめたい気持ちがある。ユフィはその後ろめたさを隠そうとしゃべり続ける。

「あたしはそもそもマテリア探しの旅の途中だった。みんなに近づいたのもマテリア・ハンターのカンに従っただけだったんだ。みんなのマテリア、ホント、魅力的だったし」

 しんの研究と技術、星命学のえいが、クラウドたちのマテリアに天然産では不可能な「力」を与えていた。

「正直、みんなの目的とか、過去とか、あまりわかっていなかった。今でもわかってないのかもしれない。でも、あたしはみんなと一緒に戦ったでしょ? それはマテリアのためじゃない。少しでも役に立ちたいと思ったから。仲間だって思えたから。ねえ、思い出してよ。あたしが何度みんなのピンチを救ったと思う?」

 言ってからユフィは思う。しまった。そんな事実はなかった。

「うん、何度も助けてくれたよね」

 ティファが言った。

「え?」

 ユフィは戸惑う。

「明るくて強い子って、わたしの理想だったの」

「ええっ!?

 ユフィは驚いてティファの言葉の続きを待った。しかしティファは黙ってほほんでいる。

「って、本気で言ってるの?」

 思わず問い返す。

「うん」とティファはまっすぐにうなずいた。

「えへへ」

 照れながらもユフィは、しめしめと思っていた。意外とすんなりマテリアをもらえそうだ。

「どう思う、バレット」

 クラウドは突然バレットに話をふった。どうしてバレットに相談するのよ、とユフィは思ったが黙っていた。

「うーん──」バレットがうなる。「確かにユフィはいい仲間だ。でもマテリアのことは全然別の話じゃねえのか?」

「別じゃない! 同じ。同じ話! みんなはセフィロスを倒せば終わりかもしれないけど、あたしにはウータイ復興という大きな夢があるの。そのためにはマテリアは欠かせないの」

「復興ねえ──」

 今度はシドが口を挟む。おっさんは黙ってろ! とユフィはにらみ付ける。

「それを言うならミッドガルも結構大変なんじゃねえのか?」

「そうだな」

 クラウドはシドに同意してから考え込む。

「なあ、ユフィ。こういうのはどうだろう。マテリアは全部、ユフィにやる」

「やった!」

「でも、おれが保管する」

「ええと──子供ダマシ!」

 ユフィは馬鹿にされたのだと思い、抗議しようと身構えた。

「ちがうんだ。おれたちのマテリアはほとんど戦いの道具だろう? ウータイの役にはほとんど立たない。だから、治療に役立つものはみんなで分け合って、残りはおれが預かる。危険なマテリアの扱いに一番慣れているのは、おれだと思う」

「確かに戦いの道具なんてもういらないけどさぁ──」

「だろう?」

「使わなくても、あれば安心するじゃない」

「それじゃあ、こうしよう。ユフィがウータイに帰って、マテリアが無くて不安だって思ったら連絡をくれ。その時にまた考えよう」

 クラウドの口調は穏やかだったが、結局のところ、マテリアは自分が持つと決意していることが伝わってきた。それに、クラウドが言った通り、驚異的な破壊の力を持つマテリアがウータイにたくさんあっても、もうあまり役には立たないのかもしれない。時代は変わったのだ。それはユフィにもわかった。

「わかったよ。あたしのマテリア、クラウドがちゃんと預かってね」


「ってワケなの。だから、あたしは世界一のマテリア持ち。どう?」

 故郷、ウータイへの道中、ユフィは自分を乗せているチョコボ相手にずっと話していた。

「どっかで着替えとか買った方がいいと思う? この服、長旅でよれよれだからさあ」

 ユフィは、歓迎のために町の入り口で自分を迎えてくれるはずの、ウータイの人々のことを考えていた。メテオ飛来による星の危機が、自分たちの活躍によって回避されたことはすでにみんな知っているはずだ。だから、みんな、あたしの話を聞くために集まってくるはず。

「あ、そうか。ヨレヨレの方が、苦労が伝わりやすいかもね。うん、そうだね。服はこのままでいいや。それより、話を整理しておかなくちゃ!」

 しかし、ユフィは、世界が終末を迎える一歩手前まで追い込まれた深刻な事件の、事の経緯をほとんど知らないことに気づいた。

「ヤバイよ──」

 誰が何を考え、その結果何が起こったのか。クラウドたちの旅に途中から加わったユフィにはわからないことが多かった。

「ちゃんと聞いてくればよかったな──でもさ、いいじゃんね。テキトーに作っちゃえば。悪い神羅カンパニーのソルジャーだったセフィロスがもっと悪いことを考えた。クラウドたちは神羅カンパニーと戦いながら、セフィロスを追いかけた。困ったセフィロスは黒魔法メテオを使って小さないんせきをこの星にぶつけようとした。それをあたしたちが命がけで止めた。うん、かんぺき。これなら分かりやすい」


 ユフィは知らなかったが、ユフィの理解よりは、ずっと詳細な情報がウータイには伝わっていた。ただひとつ、ユフィと仲間たちが大きく関与したことを除いては。


「あ」

 ウータイが見えてきた。旅の途中、何度か立ち寄ってはいたが、こうして一仕事終えて帰る気分はまた違った。ユフィはチョコボを止めてまだ遠い故郷の姿を眺めた。

「え? なんで?」

 理由がわからない涙をユフィはぬぐった。


 朝早く。ユフィはチョコボを解放してからウータイに入ると、慣れ親しんだ道のりを、顔を上げずに走った。そして父のゴドーがいるはずの家へ一目散に駆け込んだ。自分が帰ったことを町の顔見知りにはまだ気づかれたくない。服はヨレヨレの方がいいという結論には達したが、顔だけは洗っておきたかった。

 父のゴドーは玄関の横に立って、小さなづちで柱をトントンとたたいていた。

「何してるのさ」

 ユフィが声をかけるとゴドーが振り返った。

「帰ってきたよ。全部終わったよ」

 ゴドーは重々しくうなずいてから──

「よくぞ無事で帰ったなユフィ。しかし娘よ、町が大変なのだ。手伝ってくれ。ウータイには若い力が必要だ」

 それだけ言うと、大工道具が入っているらしい布袋を背負って、町の中心へ向かって歩き出した。

「ちょっと待った!」

 ユフィは慌てて追いかける。父は急いでいるらしく、すたすたと歩いていく。

「あたしの活躍聞いてるでしょ? 歓迎はどうなったの? 町のみんなは?」

 ユフィは抗議し、ライフストリームを呼び出して星を救ったのはユフィと仲間たちだという短い物語をさらに簡潔にして話した。ゴドーは立ち止まり、げんな顔をして娘を見つめた。

「おまえの活躍など何も知らんぞ。わしが知っているのは、神羅のアホどもと頭がおかしくなったソルジャーの間でもめ事が起こり、世界はそれに巻き込まれたという話だ。最後は怒った宇宙の意志がそのいさかいを、この星ごとぶっ壊して解決しようとメテオを送り込んだが、ワシらの星は対抗してライフストリームを放出してメテオを消し去った──そういう話だ」

 ゴドーはな顔で語った。

「宇宙の意志? その話、誰が考えた?」

「ワシの解釈だ。真実は別のところにあるのかもしれんが、ワシにはこれで十分。それよりユフィ。その、おまえが活躍しただのなんだのという話は誰にも言うなよ。ライフストリームの影響は大きい。あれが星を救ったことは理解できても、はけ口のない不満はまっている」

「なんだよそれ!」

 ユフィは、シュシュシュと正拳を空撃ちして異議を唱えた。

「その元気、町のために使ってくれ」

「町がどうなったってのさ──」

 口をとがらせてそう言いながら、ユフィは周囲を見回す。来る時は気づかなかったが、大部分の建物が、程度の差はあるが、壊れていた。そのうちの一つ、古くからある赤い屋根の修行堂の壁に大きな穴が空いていた。がわらもかなりはがれ落ちているのを見ながら──

「何があったの?」

「この町はライフストリームの通り道になったのだ。町中の建物がミシミシ鳴り続けて、そりゃあ恐ろしい夜だった。まあ、ミッドガルの被害に比べればたいしたことはないのだろうが、ここは古い建物が多い。見た目はそれほどじゃなくても、柱やはりが折れているかもしれん。いつ倒れてもおかしくないだろう。だからワシはこの木槌で──どうした、ユフィ」

 ユフィは壊れた建物の修復のために、町のあちらこちらから集まってきた人々を眺めていた。包帯を巻いている人が多い。

「みんな大丈夫だった? 人は?」

「怪我人は結構多いぞ。でも、深刻な者はそれほど多くはない」

「多くはないってことは、いるんだね」

「それはそうだが──おまえに何ができる。それより建物の修理を手伝え」

 ゴドーは道具箱から新しい木槌を取り出してユフィに差し出した。

「それもいいけど、これ、役に立ちそうだね」

 ユフィは回復系のマテリアを取り出して父親に見せた。

「ほう──」ゴドーは警戒するように目を細める。「他にも持っているのか?」

「ううん、これと同じ種類のがあと何個か。本当はもっといっぱい持ってくる予定だったんだけどね。ほら、攻撃系のって危ないだろ?」

「よろしい、賢明な判断だ」


 ゴドーは赤い屋根の修行堂に近づくと、状態を調べ始めた。

「これは簡単に直せそうだな」

 そして、周囲に向かって大声で呼びかけた。

「おーい、みんな手伝ってくれ! ここを病院にするぞ」


 マテリア・ハンターとしての生活を終えたユフィは、ドクター・ユフィとして華麗なる転身を遂げたはずだった。訪ねてくる誰もがユフィに感謝して帰っていった。自分の活躍を誰かに話したいと思う気持ちはまだあったが、ライフストリームで怪我をした人相手にそれをするほど浮かれてはいなかった。人々の感謝の言葉が、その欲求をそうさいしてくれた。

 ユフィが持っているマテリアでも治せないほどの傷を負った者もいたが、治療を繰り返すことによって徐々に良くなるはずだった。問題はユフィ自身の精神力が持たないということだった。マテリアはそもそもライフストリームの結晶だ。安定した結晶から力を取り出すには、震動を与える必要があり、そのトリガーになるのが使用者の精神の波動だった。その結果、マテリアの使用者は精神を大きくすり減らすことになる。

 ユフィは耐え難い疲労、そして睡魔に襲われ、夕方にはドクター・ユフィの看板をしまい込むとさっさと布団にくるまり、眠ろうとした。

「うう」

 明日は治療を休んで、どこかへ行ってエーテルか、同じような効果のあるものを調達に行こうと考えた。そうだった。クラウドたちもエーテルが無くなると、旅を中断していたっけ。


 ドンドン──

 ガンガン──

 誰かが壁を叩いている。


「うるさいぃいいい」

 ユフィはそう叫んでから跳ね起きる。急患だろうか?

 ドンドン──

 ガンガン──

 いや、変だ。この音はまるで──そう、くぎを打っている音。

「これでいいだろう。とりあえずユフィを閉じ込めておくことはできる」

 父の声が聞こえた。

「え?」

 ユフィは慌てて飛び起きて扉に駆け寄る。扉を開こうとするが、ビクともしない。

「おやじ、何をした! 扉が開かないぞ!」

「自分の胸に聞いてみろ。まったく、一番大事なことを隠しやがって。しばらくそこで反省していろ!」

 ユフィには、反省すべきことなど何も無いように思われた。試しに、胸に手を当ててみたが、胸は、ユフィが生きているということ以外、何も教えてはくれなかった。

「おやじ!」

 しかしもう誰もこたえてはくれなかった。

「誰かいないの?」

 自分でも驚くほど心細そうな声が出た。そしてもっと驚いたことに、こんな状況でも睡魔は許してくれなかった。

「クソオヤジめ。ひと眠りしたら──覚えてろ」


 ドン!


 誰かが壁をったような音がした。ユフィは目を覚ます。今度は数時間は眠ったという気がした。

「もう、なんだってのよ──」

「ばかユフィ!」

 自分と同じ年頃の女の子の声だ。知らない声。知らない声に馬鹿と言われると腹立たしさは倍増する。

「どうしてあたしがバカなのよ」

「ユフィのせいでユーリのおばさんが病気になっちゃったんだから!」

「病気? なにそれ。どうしてあたしのせいなのよ」

「ユフィがミッドガルから持ってきたんでしょ!」

「なんの話!?

 しかしもう答えはなかった。その代わりに、大人の声がもごもごと聞こえてくる。きっと、あたしと話すなと言っているんだ、とユフィは思った。


 ゴン!


 時折、壁がなった。誰かが修行堂に石を投げたのだろう。修行堂は大切な建物だ。その修行堂に傷をつけるほどに、自分は憎まれているのだと思ったら、胸に込み上げるものがあった。

「あたしが何をしたのさ」

 壁のすきから朝の光が差し込むまでに、ユフィは何度もその言葉を繰り返した。


「ユフィ? ユフィ、生きてる?」

 なんだその質問は、とユフィは思う。しかし、声に含まれた心配するような調子に気づいて、壁際にすり寄った。

「誰?」

「おれ、ユーリ。わかんないよな。子供の頃、結構一緒に遊んだんだけど」

 また聞き覚えの無い声。幼い日々の友人の顔を思い浮かべても見当が付かなかった。しかし、その名前には聞き覚えがあった。ユフィのせいでユーリのおばさんが病気になった──そのユーリだろう。

「おばさん、どう? 病気なんでしょ? あたしのせいだってのは認めないけど」

「おばさん? ああ、母さんのことか。確かに病気だ。わけがわからない病気。耳から黒いネバネバしたものがひっきり無しに出てくる。痛みもかなりあるらしい。見ているとつらいよ」

「そう──大変だね」

 その症状はとても恐ろしく思われ、ユフィはうつむいて想像を巡らせながら言った。

「うん。でも、ユフィのせいじゃないと思う」

「え?」

 思わず顔を上げる。

「ちょっと待って、ここから出してあげる」


 ギギギ。ギギギ。釘を抜いているらしい音が聞こえてきた。

 やがて扉が開き、ユーリが顔を見せた。

「やあ」

「ども」

 鼻筋が通った、美形と言えば美形。長髪を後ろで束ねて縛っている。しかし、ユフィにはやはり見覚えのない顔だった。

「ユーリ、久しぶり!」

「覚えててくれたんだ!」

「もちろん」

 心が痛んだが、事情がわからない今は、多少調子よく相手をした方がいい。

「まずい、ゴドーさんたちが来た、逃げよう」


 ユフィは差し出されたユーリの手を、わけもわからず握った。すぐに修行堂から引っ張り出され、そのまま走った。

「ユフィ! ユフィ! 待て! おい、ユーリ、病気をばらまく気か!」

 父の声を背中で聞きながらユフィは町の出口を目指して走った。無性に腹が立った。


 ユフィとユーリは手をつないだまま走り続けた。もう誰も追いかけて来ないようだった。不意にユーリが立ち止まり、後ろを走っていたユフィはぶつかってしまった。

「こっちだ」

 ユーリは左に進路を変えて走り出そうとした。その時、ユフィにも、ユーリが足を止めた理由がわかった。モンスターがシューシューと攻撃的な音を出して二人を見ていた。モンスターとの戦いに慣れた者ならザコと呼ぶ種類の相手だった。毒にさえ気をつけていればなんということはない。ユフィはユーリの手から自分の手を引き離すと、戦闘態勢に入った。武器はないが、この程度ならなんとかなる。

「ユフィ、そいつは毒があるよ」

「知ってるわよ」

 ああ、とユフィが思い出す。昔もこんなことがあった。そうだ。ユーリとはよく遊んでいた。あれはダチャオ像の近くで遊んでいた時。虫に毛の生えたような小さなモンスターが飛んで来た時、ユーリはそのモンスターの特徴を一気にまくし立てると逃げ出した。置いていかれたユフィは、襲ってきたモンスターに刺されて三日ほど寝込んだ。

「大丈夫。マテリア持ってるから」

 シュッ! という音とともにモンスターは地面から飛び上がりユフィに向かってきた。とりあえず叩き落とそうと判断した時、小刀が飛んで来てモンスターを貫く。モンスターは地面に落ちて少しけいれんしたあとに息絶えた。

 ユフィはユーリを見る。ユーリは小刀を回収して左手の甲につけた小手の中にしまいこんでいた。改めてその姿を見ると、完全に旅装を整えていることがわかる。

「昔さ、ユフィに弱虫扱いされた時とは違うんだよ」

「だったら、最初から戦えばいいじゃない」

「おれにもしものことがあったら、母さん、ひとりだからさ。さあ、行こうよ」

「どこ行くのよ。お母さん、ひとりにしておいていいの?」

「ちょっとの間だ」

 そう言うとユーリは背負っていた革製のかばんから中型の手裏剣を出した。ユフィが普段使っている大型のものに比べると、投げた時の安定性に問題はあったが、幼い頃から慣れ親しんだウータイ伝統の武器だった。

「使ってよ」

「うん」

 ユフィは早速投げてみた。手裏剣は回転しながら飛んでいき、空中に大きな弧を描いて戻ってきた。

「よっ」

 慣れた手つきでユフィは受け取る。

「さすがだね」

 そう。さすがでしょ。あたしはこうやって戦い、星を救った。ライフストリームを呼んだのはあたし。本当なら──

「ごちそう、楽しみにしてたのにな」

「今度、おれが食べさせてやるよ。カメ道楽でさ」

「ごちそう、ないじゃんか」


 ウータイの町のあかりが遠くに揺れる高台の上にユフィとユーリは座っていた。ユフィはユーリから何をどう聞き出すべきか考え、ユーリは追っ手が来ないかと目を凝らし、しばらく二人は黙っていた。

「ミッドガルの様子はどうだった?」

 ユーリが視線を周囲に巡らせたまま聞く。

「グチャグチャだったよ。ライフストリームが来たし、すぐ近くまでメテオが来たし、その少し前に爆発や──戦いもあったから。でも、あたしはそんなにあちこち見て歩いたわけじゃないから──」

 そう。他のことと同じ。あまりよく知らない。

「病気はどうだった?」

「それさあ──なに? あたし、何も知らなくて。どうして閉じ込められたのかも知らない」

「ゴドーさんは何も?」

「うん。きっとあたしはまだ子供だから、何を言ってもわからないと思っているんだよ」

「そうか。でも、ちがうと思う。ゴドーさんはなんて言ったらいいかわからなかったんだと思うな。おれも母さんになんて言ったらいいのかわからないし」

 ユーリはか申し訳なさそうに言った。

「大変な病気みたいだよね」

「うん。ミッドガルからの情報じゃ、たいてい、死んじゃうんだって」

「そう──」

 ユーリに同情しつつも聞かずにはいられなかった。

「どうしてわたしのせいなの?」

「昨日、ミッドガルで恐ろしい病気が流行っているっていう情報が入ったんだ。その直後にうちの母さんとあと何人かが、その病気にかかっていることがわかったんだ。つまり、君がミッドガルから病気を運んできたってことだね。最近のミッドガル帰りはユフィだけだから」

 ユーリはまた申し訳なさそうな顔を見せたが、ユフィは気づかなかった。

「ちょっと待った! あたしは確かにミッドガルへ行ってきたよ。でも、どうしてあたしのせいなのよ。ユーリのお母さんと会ってないし、他の人だって知らないもの! それにあたしは病気になっていない!」

 ユフィは思わず立ち上がって抗議した。身体の奥底から闘志が沸き上がってくる。

「ネズミは病気を運ぶけど、自分は病気じゃない」

「ネズミ!?

「いや、大人たちが言ってることだから」

「それに、母さんと、他の患者たちは怪我をしていたんだ。それで、ユフィの治療を受けた。あの修行堂でね」

れ衣だ!」

「その後、発症した」

「あたしは関係ない!」

 ユフィは思わずユーリにつかみかかった。ユーリは何も悪くないことはわかっていたが、そうせずにはいられなかった。

「濡れ衣を晴らそうよ」

 ユーリは落ち着いて言った。ユフィの手から力が抜ける。

「そうだね。そうだよ! あたし以外にもミッドガル帰りはいるはず。そいつを見つけ出してさらし者にしてやる! あたしを疑ったやつらを見返してやる! あたしを誰だと思っているんだ!」

 ユフィは四方八方に向かって叫んだ。

「相変わらずだね。あたし、あたし、あたし」

「どういう意味よ」

「犯人を捜すより、病気を治す方法を考えない? 探そうよ、一緒に」

「──でも」

 確かにその通りかもしれない。しかし、腹の虫がおさまりそうにない。

「ユフィが病気を治してくれたら、町のみんなは見直すと思うな。疑ったことだって謝ってくれる」

「うーん──」

 ユフィは考える。ユーリの言うとおりだ。その方がみんなのためにもなる。でも、自分の気持ちはそれでおさまるだろうか。

「ユフィ? 母さんには時間がないんだ。力を貸して欲しい」

「うん」

 そうだね。犯人捜しはあとでゆっくりやればいい。


 ウータイを逃げ出した二人は、南下してマテリアのどうくつと呼ばれる場所へ向かっていた。そのあたりは、かつて神羅カンパニーがこう炉の建設予定地とした地域で、戦争が始まる原因にもなった土地だった。魔晄炉の建設予定地。単純に考えれば、ライフストリームが豊富な土地だと言うことができる。以前は時間をかけて育てられ、特別な能力を獲得したチョコボに乗らなければ来られない場所だった。しかし、ライフストリームが地上に噴き出した時に地形に変動があったらしく、徒歩でも近づくことができるようになっていた。

 ユーリがユフィの力を借りたがったのは、ユフィが事件の当事者だからという理由だけではなかった。ユフィが幼い頃からかい見せていたマテリアへの異常な執着もその理由だった。

「ミッドガル病を治すマテリアもきっとあるはずだよね?」とユーリは言った。ミッドガル病とはユーリが名付けた母の病気の名前だった。

「聞いたことないんだけどね」

「そうか──知ってそうな人、いない?」

 ユーリが最新型と思われる携帯電話を差し出しながらユフィに聞いた。ユフィには心当たりがあった。

「ちょっと待ってね」

 ユフィは旅の間ずっと使っていたPHSを出して耳に当てた。反応は無い。仕方なくメモリーを見て、とある番号を確認する。ユーリから携帯電話を受け取って、その番号を入力した。発信ボタンを押すとほどなく相手が出た。

「あ、ティファ? あたし、ユフィちゃんだよ」


 ティファ、続いてクラウドと話したが、ミッドガル病を治療するマテリアが存在するかどうかはわからなかった。ただ、病気の恐ろしさだけがわかった。ミッドガルでもまだ有効な治療法は見つかっていない。そして、かなり多くの人が命を落としているようで、人々はおびえている。メテオの次は病気だ。


「やっぱり知らないって」

「そうか──治療法はどうかな?」

「──ほら、洞窟だよ。あれ、前はなかったよね。マテリアを探そう!」

 ユフィはユーリの顔を見ずに携帯電話を返すと、ライフストリームが噴き出した跡と思われる、断層にできた穴を目指して走り出した。


 洞窟の中で約一時間、ユフィとユーリはマテリアの輝きを探していた。

「もう! どうしちゃったんだ!」とユフィはいらちを隠そうともせずに言った。

「これ、新しい洞窟だよね。だからないんじゃない? どうしてここを選んだの?」

 ユーリが不安そうに言った。ユフィに理由など無かった。

「ライフストリームが駆け巡ったんなら、マテリアが運ばれてきたかもしれないじゃない!」

 言ってはみたが、はたしてそんなことが現実にあるのかどうかユフィは知らなかった。

「──ごめん、信じるよ」

 その声が震えている。薄暗い洞窟の中をモンスターと戦いながら歩き回るのはユフィも好きではなかった。好きな人なんかいない。

「おらー! マテリアどこだー!」

 恐怖心を、声を出すことで吹き飛ばそうとしていた。自分でさえそうなのだから、洞窟が初めてのユーリが怯えても仕方がない。少し優しくしてやろうか。

「一度外に出て、作戦立て直す?」

 ユーリがほっとしたのが暗闇の中でもわかった。


 まもなく出口というところで二人はモンスターに遭遇した。一見、モグラのようなふうぼうだが、目と、全身を覆う針のような毛皮が動物とは違う気配を漂わせていた。

「楽勝!」とユフィは自分自身とユーリを励ましてから攻撃を仕掛けた。思い切り投げた手裏剣がモンスターにダメージを与える。対抗してモンスターは口から炎の塊を吐き出す。ユフィは間一髪でかわす。後方にいたユーリも大げさなジャンプで炎をやりすごす。炎は二人の間の地面に当たり爆発を起こした。

「ほら、ユーリ!」ユフィは爆発に気をとられている友人の注意をモンスターへと向けさせる。焦ったユーリが叫ぶ。

「速変化招来!」

 その時、ブーメランのように手元に戻ってきた手裏剣をユフィは今一度モンスターに投げつける。回転する刃がモンスターを確実にとらえ、二人は戦闘に勝利した。

「なんだよユフィ、おれの相手だったのに」

「遅い遅い。遅くてびっくり。でもさ、ちゃんと修行したんだ」

「運動神経鈍いけど、術ならなんとかなるかなってさ」

「だめ。その考え方がだめ。スピードは基本だよ。いい?」

 ユフィは自分のスピードを誇示しようと、体勢を変えた時──

「ユフィ、あれ」ユーリの顔が恐怖にゆがむ。「ユフィ、見て!」

 モンスターの炎が破壊した地面に穴が開き、そこから液体が染み出してきている。薄暗い洞窟の中ではよくわからなかったが、ただの水ではないことだけは気配でわかった。ユフィの全身に震えが走った。その液体が放つようのようなものを感じていた。

「逃げよう」

 ユフィはそう言って、駆けだした。

 その背後、それまでゆっくり地面から染み出していた液体が勢いよく噴き出した。洞窟の壁、天井を伝って外へ出ていこうとするようだ。やがて二人を追い越し、天井を伝っていた液体が、ユフィたちの上にも降り注ぐ。二人は頭を両手で隠して走り出す。迷わないように事前につけておいた目印を頼りに出口に辿たどり着いたユフィは悲鳴をあげていた。

 視界がパッと開けた。洞窟の外に出たのだ。月明かりで外は明るい。ユフィは振り返り、様子を見た。恐ろしげな気配を発する液体は勢いを失ってはいたが、洞窟の開口部の内側を伝って地面を濡らしていた。その様子を見てユフィは気づく。黒い水だ。

「ユーリ、水が黒いよ」

 しかし返事は無い。

「ユーリ!?

 ユフィは一瞬ちゅうちょしたが、洞窟の中へ取って返した。入り口のすぐ近くにユーリは倒れていた。助け起こそうとしたが、ユーリの全身からは力が抜けていて、上半身を抱き起こすのが精一杯だった。

「立て、ユーリ、立て!」

「おれ、もうダメだよ。ユフィ、行って。このままじゃユフィまで──」

「ばか! あんたのお母さんの面倒なんか見られないわよ」

 ユフィはあおけに倒れているユーリの頭の方へ回り、両脇に手を差し込むと力を込めて引きずりはじめた。

「もういいから──」

 そう言ったユーリの口の端から黒い液体がドロリと流れ出した。


 洞窟とウータイの中間地点あたりでユフィは座り込んだ。

「こら、ユーリ、歩け。あんたが死んだら、それもあたしのせいになる。ミッドガル帰りのユフィと逃げたユーリがミッドガル病で死んでみろ。みんなあたしを疑うに決まってる」

「そんな理由で」呼吸が苦しいのか痛みに耐えているのか、ユーリは途切れ途切れに言う。「おれをここまで引きずった──」

「そんな理由だよ」

「──わけじゃないよね。本当に──」

 ユーリの言葉が途絶えた。ユフィは慌ててユーリを見る。だいじょうぶ。まだ生きている。なんとかお母さんのところまで連れて帰ってあげなくちゃ。ユフィは立ち上がり、再びユーリの両脇に手を差し込む。


「手伝おうか?」

 声に振り返るとレッド〓がいた。

「レッド!?

「ナナキって呼んでくれないかな」

 レッド〓ことナナキは不満そうに言った。

「ここで何をしてるのさ」

「世界を記憶する旅の途中。まだ始めたばかりだけどね」


 ナナキはユーリを背中に乗せて軽々と歩いた。うつぶせに、まるで洗濯物のようにナナキの背中に乗せられたユーリが落ちないように、ユフィは手を添えながら歩いた。ナナキは旅の手始めにウータイへ行き、そこを起点に東へ行こうと考えたと語った。ウータイを選んだのは西の端だからというだけの理由だった。ユフィは、ウータイは世界の中心であり、海を隔てて東西に世界は広がるのだと、ウータイ育ちらしい世界観を語った。時折、ユーリの背中が震えた。ユフィはそのたびにユーリが痙攣しているのではないかと怯えた。しかし顔を見るとユーリは笑っていた。口から出ていた黒い液体は今はおさまっているようだった。

「ナナキ、なんか面白いこと、言え」

 ユフィは小声で言う。

「うーん──」ナナキは考える。「そうだ。オイラ、新しい携帯電話をもらったんだよ。PHSなんかもう古いんだって。クラウドたちについてミッドガルへ戻った時に、配ってたんだ。ほんとうは商品なんだけど、電話屋さんが、お店にあるだけ配ったんだ。こういう時は連絡が取れないのが一番不安だからって。いい人だよね」

「ふーん。でもあんた、電話使えるの?」

「もちろん。時間はかかるし、ドロがついたり、オイラのツバですぐダメになると思うけど、がんばれば使えるよ」そこまで言ってナナキは不安そうな目でユフィを見た。「あげないよ」

「よこせ!」

 ユフィはナナキの正面に回り込む。ナナキは足を止める。

「あたしが持っていた方がいい。さあ、どこにある」

 ユフィはナナキを観察する。

「本気なんだね」

 そう言ったナナキの首に、赤い毛に隠れるようにベルトが巻かれていることにユフィは気づいた。ベルトは首を一周しているらしく──ユフィはしゃがんでナナキののど元をのぞき込む。何かの皮で作られた丈夫そうな小さなポーチがあった。

「へへへ、見つけた」

「ユフィ、オイラ、一生忘れないよ」

「うん。あたしのこと、ずっと覚えてて」

 すっかりあきらめた様子のナナキの横にしゃがみ込み、ポーチに手を伸ばした。

「ユフィ、おれのをやるよ」ユーリだった。「おれももらったんだ。ミッドガルでさ」

「どういうこと?」

「おれもミッドガルにいたんだ」

「それって──」

 すでに事情を理解したユフィの頭に血が上る。

「ずるい!」

「ごめん。おれが病気をウータイに持ち込んだんだと思う。すぐに母さんに伝染した。母さんから母さんの友達へ──せめて治療法を見つけられないかと思って──ちょっと降りるよ。ありがとう、ナナキ」


 風に揺れる草原に座って──ナナキは寝そべって──ユーリの話を聞いた。

 ユーリの母親は数ヵ月前に病気にかかっていることがわかった。成人がかかる、よくある病気だった。それ以来、母親はすっかり弱気になってしまい、いつも自分はもうすぐ死ぬという話をしていた。ユーリはそんな母親をなんとか助けたいと思った。幼い頃に遊んでいたユフィのことを思い出し、彼女にならってマテリア探しの旅に出た。しかしユーリには辺境の地に、天然のマテリアを探して入り込む勇気はなく、神羅の力に頼ろうとミッドガルへ行った。ちょうどメテオが空に現れた頃だった。何度も神羅ビルを訪ねたが混乱の極みにあった神羅カンパニーはまったく相手にしてくれなかった。同情してくれる社員もいたが、結局のところ、マテリアは神羅カンパニーの軍備であり、小売り用の商品ではなかったのだ。


「そして、あの日になった。おれはスラムの安宿でライフストリームが通り過ぎるのを待っていたんだ。朝になって、みんなプレートの上から避難してきたけど、おれは人の波に逆らって上へ行った。病気にかかっていた人がたくさんいたよ」

 その後、ユーリは大急ぎでウータイへ戻った。どこへ行っていたのかと聞いてくる母親にはゴールドソーサーで遊んでいたと答えた。

「母さんの病気を治すマテリアを持ってこようとしたけどダメだったとは言えなかったんだ」

「まあ、気持ちはわかるよ」

 もちろん、そのせいで自分がいわれのない非難を受けたことに対するわだかまりはあったが、それを言っても今は仕方がない。

「あのねえ」とナナキが口を挟む。「マテリアというのは古代種の知識の結晶だとも言われているよね」

「うん、聞いたことある」

「ユーリのお母さんの病気、古代種も治せなかったんじゃないかな。もしかしたら、古代種の時代にはその病気はなかったのかも。だから治療するマテリアがないんだよ」

 ナナキが言った。

「こら、ナナキ! ないって言うかなあ。見つかってないだけかもしれないのに」

「だってさ、もし、そういうマテリアがあるなら、そんなにたくさんの人がかかる病気が、ほうっておかれるはずないじゃない──いて!」

 ユフィがナナキの鼻先を指ではじいた。ナナキの言うとおりだと思った。そしてそれが腹立たしかった。ナナキの理屈で言うと、身体から黒い液を流して、痛みに苦しんだあげく死に至る病に対処するマテリアなど存在しない。

「ナナキ、きらい」

「ええっ!?


 二日間、ウータイから離れただけだった。しかし、戻ってみると町の外に小屋ができていた。小屋と言っても、十人ほどが寝泊まりできる広さがあるようだった。

「なんだろうね。よし、ナナキ、偵察!」

「ええ? オイラ?」

 ナナキは不満そうな顔をしたが、ユフィは指で鼻をはじくふりをすると慌てて小屋に向かって駆け出した。

「よっぽど痛かったんだね」

 ユーリが笑いながら言った。思いの他、元気そうだった。あたしとナナキのコンビでユーリを笑わせ続ければミッドガル病は治るのかもしれない。

 ほどなく、ナナキが戻ってきた。

「ミッドガル病の人たちが四人、集められているよ」

 その言葉にユーリとユフィは顔を見合わせる。

「ユーリ、乗って」とナナキが促す。ユーリがよろよろとナナキに乗ろうとするのを待たずにユフィは走り出していた。


 ユフィは小屋に着くと、窓を探した。やっと小さな窓を見つけて中を覗くと、ナナキが言った通り、四人の患者が横になっていた。

「これ、どういうこと?」

 ユフィは振り返ってナナキに聞いた。

「伝染病だから、町から出されたんだと思うけど──」

「わざわざこんな小屋まで作って?」

 ユフィはそう言うと走り出した。小屋の周囲を回って入り口を見つけた。

「ユフィ、待って!」

 引き止めようとするナナキを無視して、ユフィは小屋に入った。

「ひどいよ、ひどいよ!」

 ユフィは誰にともなく言った。

「おや、ユフィ。ひさしぶりだねえ。でも、何を怒っているんだい?」

 患者のひとりが穏やかな声で言った。なんとなく雰囲気が似ていたのでユーリの母親だと、すぐにわかった。

「病気だからって町から追い出すなんて、ひどい!」

 理屈は理解できるが、納得できなかった。

「でも、仕方がないじゃないか。伝染病患者は隔離されるものだよ」

 ユーリの母親は穏やかに答えた。

「でも──でも!」

 ユフィは「でも」しか言葉が出てこない。

「良かったよ、おれの居場所ができて」

 ユーリがとぼけた口調で言った。

「いいの? ほんとうに?」

「今はね。ユフィが治療法を見つけてくれるまでは、ここで我慢するよ」

 見つけられなかったらどうするのさ──とは言えなかった。

「あーあ、責任重大!」


 ユフィは二週間ほど、ミッドガル病患者の世話をして過ごした。最初の患者は隔離されていたにもかかわらず、患者は次第に増えていった。

「どうやら、伝染病じゃないらしい。患者を隔離しても、病人は増え続けているんだ。つまり、なんだ、その──悪かったな、娘よ」

 ゴドーがついに謝った時もユフィの気持ちは少しも晴れなかった。そんなことはもうどうでもいい。それよりも、原因が知りたいと思っていた。ナナキには情報収集を命じて、ウータイを追い出しておいた。ここにいて、もしかして、病気にならないとも限らない。


「ねえ、ユフィ。気づいたことがあるんだけど──」とユーリが言った。

「おれ、考えたんだ。病気にかかる人とそうじゃない人がいるのはどうしてだろう、って」

「何かわかったの?」

「うん。ここにいる人たち、前から別の病気で苦しんでいた人と、ライフストリームを浴びて大怪我をした人だよ。つまり、自分はもう死ぬんだって思った人」

「ホント?」

「うん、想像じゃなくて、事実。だっておれも──」

 ユーリは言葉を濁す。

「もう死ぬって思ったの? いつ?」

「ユフィと行った洞窟で。あの変な水を浴びて倒れた時──あ!」

 ユーリとユフィは思わず顔を見合わせる。

「あの水が!?


 病気の原因は水にあるのかもしれない。さっそくユフィは患者たちに聞いて回った。変な感じがする水を飲んだり浴びたりしたことはなかったか、と。

 しかし、はっきりとした結論は得られなかった。ライフストリームの奔流が通り過ぎたあと、水の味が変わったことには誰もが気づいていた。地下水をみ上げて使っているウータイでは、水の味の変化は、地震のあとなどにはよくあったので、皆、それと同じだろうと思っていたのだ。ライフストリームを直接浴びた人以外の発病の原因が、水に含まれた何かと、水に触れた時の心の状態の組み合わせだ、と考えることは、それほど的外れではなさそうな気がした。


 ユフィたちはふたつの見解をゴドーに告げた。

1 水を使うときは気をつける。効果はわからないけど一度沸騰させる。

2 自分は死ぬなどと思わない。

*  *

 それから一年近く、ユフィは、二週間は患者の世話、二週間は治療法探しの旅に出るというサイクルで過ごしていた。患者の世話をしていると、早く治療法を見つけなければと焦ったし、旅に出ていると、患者が気になる。そんな思いが、このサイクルを作り出していた。

 小屋は二棟に増えていた。子供も三人発症していた。八歳、六歳、四歳の兄弟だった。こんな子供が、もう死ぬなんて思ったのだろうかとユフィは驚いた。しかし、末っ子が川に落ち、助けようとした兄たちも一緒に流されてしまったのだという話を聞いた時、ユフィは、やはり自分とユーリの考えは正しいと確信した。


 せいこん症候群──今は世界中でそう呼ばれていた──は怪しげな水が媒介している。そしてその水は人生をあきらめたり、弱気になった人の身体に入り込む。


 ユーリの母親はもういなかった。それでもユーリは、ユフィには笑顔しか見せないと誓っているかのように振る舞った。


 さらに一年近くが過ぎていた。世界中にまんえんする星痕症候群の治療法は相変わらず見つかってはいない。ユフィたちと同じ見解を持つ人々は、今では世界中に少なからずいたが、感染者からうつるのだと信じている人々が大多数で、患者とその家族は絶望的な状況の中で暮らしていることが多かった。こうなると、家族も発症する確率は上がってしまい、伝染病説に裏付けを与えることになる。


 もうすぐコレル村というあたりだった。ユフィは遠くから聞こえる爆音に気づく。音の正体を探し、やがて空を見上げると巨大な飛空艇が迫ってくるのが見えた。ユフィは手を振る。見たことのない形をしているけど、あれはきっとシドの飛空艇だ。

「おーい!」何度も跳ねながら手を振る。しかし飛空艇は頭上を通り過ぎていく。シドが飛空艇を作ろうとしていることは聞いていた。魔晄エネルギーではなく石油で燃料を作るのが大変だと言っていたはずだが、問題は解決したのだろうか。現在位置から西に進めばロケット村に着くはずだ。行ってみようかな、と思ったが、すぐにその手間が省けたことがわかった。飛空艇が引き返してきたのだ。その新型飛空艇はユフィを噴射に巻き込まないように少し離れた位置でホバリングをしてからゆっくりと着陸した。ユフィは手を振りながら駆け寄る。

「おーい!」

 飛空艇の胴体のハッチが開いて赤い獣が飛び降りてきた。ナナキは勢いよく走ってくる。ユフィは抱きかかえようと両手を広げる。思い切りジャンプするナナキ。ユフィはしかしサッと横に跳んで逃げた。着地したナナキが抗議する。

「どうして逃げるのさ」

「だって、あんたでかくなってない? あたし、つぶされるのはイヤだよ」

「そんなにかわってないと思うけど」

「どっちにしても、もうかわいくないね」

「ひどい」

「よー、ユフィ!」

 シドがやって来た。なんだか身体が引き締まって見える。それともせたのだろうか。

「新しい飛空艇?」

「おう! なんとか完成だ。テスト飛行中よ」

「調子良さそうだね」

「まあな。でもな、燃料があんまり残ってねえんだ。あと星を半周くらいってところだな」

「調子悪そうだね」

「バレットのすっとこどっこい野郎に期待するしかねえ。アイツが石油出るところ探してるんだ。連絡が有り次第必要な資材とスタッフを運ぶ準備ができてるんだが、いったいどこにいるのやら」

 言葉とは裏腹にシドの口調には期待がにじんでいた。

「バレットと会ったんだ!」

「おう。ま、いろいろあるみてえだが、今は元気にしてるんじゃねえか。なあ、ちょっと乗るか?」

「やだ」

「なんだよ、てめえ。まだ乗り物酔い治らねえのか?」

 治るものなの? とユフィは思うが、ここは言い返すべきだと判断する。

「あんなもん、治るか。ユフィちゃん唯一のウイークポイント。弱点の無い女は好かれないからね」

「おまえさんは弱点だらけだから大丈夫だよ」

「どういう意味だ!」

「ま、無理に乗せるつもりはねえ。じゃあ、気いつけて旅を続けるんだぞ」

 飛空艇に戻ろうとするシドにユフィは思い出して声をかける。

「あのさあ、シド」

「なんだ」

「星痕を治すマテリア、あるよね?」

 その言葉を聞いて、ナナキは視線を遠くへ移す。

「おまえはあると思ってんだろ?」とシドはユフィの目を覗くようにして言った。

「もちろん!」

 ユフィが大きな声で答えると、シドは右手の親指を突き出して、

「だったら、ある!」と大きくうなずいた。

 飛空艇へ帰るシドの背中を見送りながらユフィは思う。まいったね。これだからおっさんはもう。何の根拠もないくせに。でも、あたしが求めていた通りの言葉。

 ほどなく、飛空艇のアイドリング音が爆音へと変わり、空高く舞い上がっていった。ロケット村の方角に機首を向けると一気に加速して見えなくなる。

「ああ」とナナキがつぶやく。

「置いてかれちゃった」

「あたしがいるじゃんか」

「どこ行くの?」

「北のマテリアの洞窟!」

 ナナキの表情はよくわからない。しかし伏し目がちな様子から何か言いたいことがあるのだとわかる。ユフィは素早くナナキの背中に飛び乗り、前かがみになって両腕を首の下に回す。右手で左手の手首を掴んでグッと引く。ナナキの喉に左の二の腕が食い込む。

「苦しいよ、ユフィ」

「言え! 考えてることを言え!」

「わかったから離してよ」

 ユフィは両腕の力を緩める。

「前と同じだよ。マテリアはないんじゃないかなぁって」

 ユフィは黙って両腕に力を入れる。

「苦しいってば」

「星痕はもっと苦しい」

「うん」

 ナナキは小さくうなずくとユフィを乗せたまま北へ向かって歩き出した。

 ナナキの背中で揺られながらユフィは思う。あたしがマテリアを探し続けることが、ユーリと、ウータイの患者たちの希望になっているんだ。だから、マテリア・ハンターはやめられない。